第55章 その手をもう一度
「信長様。その…申し訳ありません。私は安土の人間だったのに謙信様を愛してしまいました。
皆さんの敵に当たる方だというのに、わかっていながら気持ちを抑えることができませんでした。」
龍輝「ママ、なんで謝ってるの?」
事情がわからない龍輝が不思議そうにしている。
頭を下げると力強い手が頭に乗せられた。
促されるように頭を上げると、信長様の表情が真剣なものに変わっていた。
信長「良い。貴様が選び、決めたのならな」
「でも、それでは……」
安土の皆に顔向けできない。
あっさりと認められても素直に受け取れない。
信長「貴様が間に立って織田と上杉を強固な結びつきを作る、それを考えなかったのか。
敵対していたとしても婚姻でそれが覆ることもある」
「そうなるよう望んでおりましたが、私から申し出ることはできませんでした。
謙信様が動いているのを知っていましたから、それを待っていたんです」
信長「待っていて死にかけては何もなるまい?どちらの手もとらず、貴様は大事にしていたものを失くしたのではないか?」
「結果的には。けれど、ぎりぎりまで待ちたかったんです。
謙信様が安土と越後を結び付ける策をもって迎えにきてくださるのを。
それに秘密を抱えたまま信長様達に治療を願い出るのは人としてどうなのかと思いました」
信長「貴様はもう少し狡く生きることを覚えろ」
龍輝「ずるは駄目なんだよね、ママ」
唐突に会話に入ってきた龍輝が、強引に背中に乗ってくる。
おんぶをして欲しいらしい。
「わっ!いきなり駄目じゃない、龍輝。
ずるはいけないけど、ママが人とお話している時は終わるのを待ってから、って言ってるでしょ?」
龍輝「だって~」
「だってじゃないの!ちょっと静かにしててね。
信長様、うるさくして申し訳ありません。近くに古い山小屋を見つけたんです。お付きの方は怪我をしていますし、暗くなる前にとりあえず小屋へ移動しませんか?」
信長「…そうだな」