第55章 その手をもう一度
(まさか…)
「信長様っ!!?」
龍輝「え?信長様がいるの?」
龍輝が抱っこ紐の中でモソリと顔の向きを変えた。
小さな背に手を添え、片膝をついて咳き込んでいる人の顔を覗き込んだ。
その人はやっぱり信長様で、特徴的な赤い瞳と目が合った。
信長「っ!ごほっ」
信長様が何か言おうとして顔を歪め、また咳き込んだ。
(煙を吸っちゃったんだ。急いで逃げなくちゃ)
手を伸ばすと、信長様もしっかりと私の手を握り返してくれた。
あの時の記憶がまざまざと蘇った。
(もう一度あなたを助ける)
外には出られそうにない。なら、一緒にワームホールに飛び込むしかない。
「お願い、開いて!」
空に浮かんでいる雲に願った。
カッと稲妻が光って傍に落ちると床は波のようにうねり…崩れた。
ビリビリと鼓膜が震えて耳が一瞬聞こえなくなり、床が抜けた衝撃でバランスを失う。
龍輝「ママ!怖いっ!」
抱っこ紐の中でギュっとしがみついてくる龍輝を片手で抱きしめる。
「龍輝っ!しっかり掴まって!」
(絶対守ってみせる。龍輝も、信長様も…!)
足に力をいれて踏ん張り、なんとか体勢を整える。
床が抜けた衝撃で空気が大きく動き、鼻腔も気管支もやられてしまいそうな危険な熱気が渦巻いた。
(暑い……)
焦る気持ちに拍車がかかり全身に汗が噴き出した。
「…!」
グニャリと視界が歪み身体が浮きあがる。
(やった、ワームホールが開いたんだ!)
繋いでいた信長様の手に力を籠める。
雪の日にお腹をさすってくれた大きくて武骨な手だ。
信長様の赤い瞳を真っ直ぐに見据え叫んだ。
「信長様っ!!一緒に行きましょう!お連れの方の手を離さないで下さい!!」
信長様は意識を失くしている男の人の腕を掴み、しっかりと頷いた。
赤い瞳に紅蓮の炎が映り込んで鮮やかに光っている。
身体がぐいと上に持ち上げられ、ワームホールの白い霞が視界を覆うその瞬間、炎の向こうに
桔梗の旗印が見えた……気がした。