第53章 天命
光秀「武田殿、そう見張らずとも俺はまだどこにも行くつもりはありませんよ」
振り返った先に、腕を緩く組んで佇む信玄がいた。
洞窟を出た時からずっと視線を感じていた光秀は肩をすくめ、来た道を戻る。
すれ違うところまで近づくと信玄がわざとらしくため息をついた。
信玄「別にお前がどこへいこうと俺はかまわないがな、小さい姫が悲しむのは見たくない。
黙って姿を消すんじゃねえぞ」
光秀の足がピタリと止まった。琥珀の瞳はなんの感情もうつさず、信玄を見返した。
光秀「あの小姫が泣こうと泣くまいと俺には関係ないことだ」
信玄「ふん、嘘が下手だな」
光秀がわずかに目を見開く。
信玄「確かにお前は策略を練り、人を欺くのが上手い。
だが俺にとっちゃまだ青い若造だ。心が透けて見える」
光秀「透けて見えているものが真実かどうか、わかるのですか?あなたの思い込みかもしれませんよ」
慇懃無礼な態度を取りながら光秀は歩き出し、信玄はその後をついていく。
信玄「思い込みねぇ。お前は結鈴を『可愛くて仕方ない』っていう目で見てるぞ。
ただたんに子供が可愛いのか、舞の娘だから可愛いのかは微妙なところだ」
光秀「もともと子供は嫌いじゃない。無垢な存在だからな」
へぇ、と信玄が口元を緩めた。
信玄「妻を亡くしてからは、それまで可愛がっていた自分の子を人に任せたと聞いていたが?」
光秀「流石耳ざとい。遠ざけたからと言って子供が嫌いだとは限らない。武田殿はそんな短絡的な考えをなさるのか?」
光秀は表情ひとつ浮かべず歩き続け、入口近くに着いてしまった。
信玄「まさか」
一言で否定し、信玄は洞窟に目をむける。
すぐにタタタッと足音が聞こえ、結鈴が顔を出した。