第53章 天命
それから約1か月が経ち、光秀は歩けるまでに回復した。
少し動いた方がいいと佐助に言われ、光秀は洞窟から出て久しぶりに外の空気を吸っていた。
光秀「………」
佐助から聞いていた通り、近くに湖があり、あとはどこまでも野山が広がっていた。
日本各地を歩き回った光秀さえ覚えのない地形だ。
夏だろうに蝉は啼かず、風も涼やかだ。
光秀の着物の裾が風に吹かれて白く揺れた。
帯刀し、種子島を腰にさげた姿は、かつての姿そのままだった。
佐助「できるだけ汚れを落として、破れたところは縫っておきました。
舞さんが居ればもっと綺麗にしてくれたと思いますが…」
そう言って佐助が寄こした光秀の着物はなかなかの仕上がりだった。
今更隠しても仕方ないと、佐助は舞の素性やワームホールのことを光秀に伝えた。
安土を去った後のことも、今ここに居ない理由も要点をかいつまんで説明してくれた。
雪原で舞を見送った光秀は、ワームホールの説明に『そうか』と呟いてそれっきりだった。
ひゅう
少し伸びた白銀の髪が風で舞い上がる。
光秀「さてどこへ行こうか」
生涯仕えようと誓っていた信長に突然先立たれ、自身もあれよあれよという間に追い詰められた。
大波にさらわれた小枝のような存在だったと、光秀は口の端で笑った。
光秀「この未開の地の先には何があるんだろうな」
地平線まで続く野山を眺めていると『海の外の国と渡り合える国にしたい』と言っていた信長の言葉を思い出した。
光秀「海の外とはこの地から遠いのだろうか」
明智光秀は崖から落ちた時に死んだ。
傷が癒えたところで秀吉達のところに戻るつもりはなかった。
しがらみがない今、信長が興味を示していた地へ赴くのも一興かもしれない。
(あと少し回復したら行ってみるか)
地平線から視線を外し、緩やかに向きをかえた。