第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
(看病一日目・謙信目線)
朝早くに舞が訪ねてきた。
城から持ってきたという料理を断ると戸惑っていたようだが食材の有無を調べ始めた。
(敵の城で作られた物を食すわけがなかろうに)
気の回らない女だ。
逆の立場であったならこいつは食べるのだろうか?
(……この女なら食べるであろうな。なんの警戒もなく)
黙って見ていると手荷物の中から奇妙な筆を出して墨もつけずに何か書いている。
(まただ。この女の持ち物は摩訶不思議なものばかりだ)
昨夜は黙っていたが、解熱薬には光をはね返す不思議な包装が施されていた。
いくつかの薬が1つの紙、いや紙よりも固い何かにまとめてくっついているように見えたが、一粒ずつ個々に密封されているようで、透明な部分で薬が揺れていた。
(得体の知れぬものばかり持っている)
一体何者なのだろう。
思えば安土に来る前の舞は平民だったと言っていたが何をしていたか、どのような暮らしぶりだったのか聞いていない。
昨夜担ぎ上げた感じでは、力仕事には向いていない筋肉の付き方だった。
明らかに間者の類ではないが警戒だけは怠らぬようにしておこう。
「謙信様、買い物に行ってきても良いですか?」
舞が紙をしまい、出かける準備をしている。
口調も表情もいたって変わったところはない。
(だが念のためだ。俺の存在を知らせる投げ文の類やもしれぬ)
俺の前で文を書く程間抜けてはいないだろうが、確認しなければ気が済まない。
傍に手招き、紙を見せるように言うと舞は素直に応じた。
投げ文の類ではなかったが…おかしな書き方だった。
紙の右側は空白、左上から下に向かって『塩』『味噌』と書かれている。
縦に読もうとした目を、意識的に左か右へ動かす。
南蛮では文字を横書きにすると聞いたが、日ノ本の言葉を横書きにする人間は初めてだ。
同郷だと言う佐助は…縦書きだ。
(だが佐助は頭がいい。周りに不信感を与えないために気をつけていた可能性もある…か)
大根、と書かれた文字は崩し字ではなく、読めなくはないのだが読みづらい。
(書き方に難ありだが、不審な点はない)