第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
「という訳で座ってくださいね?」
謙信「なにが『という訳で』だ。今後俺に可愛いなどと言ってくれるなよ?」
謙信様の袖を引くと仕方ないというふうに座ってくれた。
ドキドキとうるさい心臓を無視して私も膝をついた。
ひと息ついてから改めて測りを見せた。この時代にはまだメジャーが無かったので、私が手作りしたものだ。
「これを今から謙信様の顔にあてて測ります。
すぐ終わるのでじっとしててくださいね」
謙信「わかった」
測りが頬にあたると謙信様は目を閉じてくれた。
髪色と同じ色素の薄いまつ毛が伏せられる。
作り物のように整った顔と綺麗な肌に鼓動が早くなった。
気を取り直して測りを当てていく。ここからは仕事モードだ。
(顔小さいな)
サイズをメモしながら感心する。あとは耳にかける紐の長さを測れば終了だ。
「耳の後ろに紐が当たります。失礼しますね」
(こんな感じで良いかな)
紐の遊びをみるために謙信様の耳に触れて確かめる。
きつく当たっていないか身をかがめて覗きこんだ。
謙信「っ!」
謙信様はパッと目を開いてこちらを見た。
吐息がかかるくらいの至近距離で目が合い、心臓が飛び跳ねた。
「ど、どうしました?」
測りを取り落としそうになり、慌てて手に力をいれる。
(忘れてたけど謙信様は女嫌いだった。近すぎたかな)
「申し訳ありません。これでもうお終いです」
急いで体を離し測りを手元に回収する。
紐の長さをメモしている間、謙信様は耳の後ろに手をやっている。
近づきすぎたと反省しながらメモを仕舞って帰り仕度をする。
最後に寝ている佐助君を確認してから草履をはいた。
戸口まで見送りにきてくれた謙信様を振り返りお辞儀をする。
「それではまた明日きますね」
謙信「吹雪いてきたようだ。気を付けて帰れ」
そう言って手に持っていた私の襟巻を首に巻いてくれる。
触れそうで触れない手の動きに胸がキュッと締め付けられた。
「…温かい。もしかして囲炉裏の傍に置いて温めておいてくれたんですか?
ありがとうございます」
謙信「知らんな。ほら、もう行け」
謙信様は知らないふりをしてそう言ったけど、この暖かさは間違いない。
(お優しい方だな)
温かい気持ちで一歩外に出る。こうして看病一日目が終わった。