第53章 天命
(第三者目線)
佐助が水を持って戻った頃には光秀の手当はほぼ終わっていた。
佐助「すみません。入れ物がなくて時間がかかりました。
ここから2里ほど離れたところに湖がありました」
即席で作った木桶に水が入っている。
信玄「ご苦労だったな。持ってきた飲み水をほとんど使っちまったが、まだ足らなかったんだ。使わせてもらうよ」
一息ついていた信玄は腰をあげた。
光秀の身体には舞お手製のひざ掛けが掛けられていて、それをめくった際に包帯だらけの身体が見えた。
佐助「舞さんが備えてくれたおかげで手当できましたね。俺も手伝います」
『何が起こるかわからない』
そう言って荷物を吟味していた舞の姿が思い出し、佐助はやるせないため息を吐いた。
信玄と佐助は汚れが残っているところを拭き清め、手足の指の間、爪の間に入り込んだ泥を丁寧に落としていく。
最後に髪の毛を洗う頃には桶の水は茶色く濁ってしまった。
綺麗になった光秀に、佐助のスウェットを着せて寝かせてやる。
佐助「光秀さんほどの人がここまで深手を負うなんて…。いったい何があったんでしょう」
謙信「本人が目を覚まさん限りはわからん。それでここがどこかわかったか?」
謙信は光秀から佐助に視線を移した。
正気は保っているが、舞とはぐれ、瞳の奥は仄暗い光を湛えている。
佐助「視認できる範囲に人が住んでいる形跡はありませんでした。
手つかずの野原が広がっています。湖とその周辺の地形に見覚えがありません。
自生している植物から判断すると日本で間違いありませんが、だいぶ北の地に居るようです。
舞さんと龍輝君の姿はありませんでした。完全にはぐれてしまったようです」
謙信がぐっと奥歯を噛んだ。
信玄「そうか…。人が居ないってことは夜露を凌げそうな建物もないってことだな。さて、どうしたものか」
沈んだ空気を払うように信玄はいつもの口調で立ち上がり、周りを伺った。