第53章 天命
俺達は手を止めず耳だけ傾けている。
結鈴「ママが消えちゃった後みつひでさんが急に見えて、人形にそっくりだったからすぐわかったの」
佐助「光秀さんがワームホールの中に?」
不可解な事実に佐助が顔を曇らせたが、まずは水が必要と駆けだしていった。
信玄は折れた手を固定し終え、添え木の状態を確かめた後、傷の消毒を始めた。
信玄「結鈴、ちょっとここに来て手伝ってくれないか」
結鈴「うん!」
傷を水で洗い、消毒するとジュワッと白い泡ができてすぐ消える。
傷を覆う清潔な布を持ったまま、結鈴がそれをジッと見つめている。
信玄「こりゃあ、あっちの世なら病院行きだな。
姫が用意してくれたものでどこまでできるか、だな」
信玄は厳しい表情で手を動かす。
結鈴「……」
謙信「腰の止血は終わった。次は背中だな。信玄、手伝え」
光秀の身体を横向きにする。
謙信・信玄「「…………」」
(この傷は……)
信玄「結鈴そこに居ろ。こっちに来るなよ。
ひでぇ傷だ。刀じゃないな、もっと切れ味の悪いものでやられたみたいだな」
汚れた傷を水で清めると傷がより露わになった。
怪我に慣れている俺達でさえ目を背けたくなるような傷があった。
肉がひき裂かれ、ギザギザと弾けている。
背中を縦断するように長く、深い傷だ。
傷を負って時が過ぎているようで血は赤黒く固まってこびりついている。
一部傷が途切れている部分は荷物を背負っていたおかげだろう。
信玄「荷物を背負ってなきゃ命を落としていたな」
信玄は光秀が背負っていた革袋をみやった。
傷が途切れている場所はちょうど心臓の裏側だ。
謙信「……」
薄汚れた光秀は死相を漂わせているが……
謙信「できる事はやってやる、あとは天命に任せる」
(望みは限りなく薄いが…)
厳しい現実に、黙々と手を動かした。