第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
――――
――
佐助君用のマスクを縫い上げた後、水通しをして干す。
もうそろそろ帰らなくてはいけない時間だ。
「謙信様、夕餉はあそこのお鍋にあるので温めて食べてくださいね。
私はそろそろ時間なので、お暇(いとま)します」
謙信「ああ、わかった。一日ご苦労だったな」
「いいえ、たいしたことはしておりません。
明日は朝餉を作るので今日よりも早く来ますね。それと、今夜謙信様のマスクを作りたいと思うのでサイズを測っても良いでしょうか?」
謙信「さいず…」
謙信様の眉が少しだけ下がった。
(あ、これは困ってる顔だ!)
笑いそうになりながら裁縫道具の中から手製の測りを取り出す。
「申し訳ありません。寸法をとらせても良いでしょうか?」
謙信「お前、ますくとやらの下で笑っているだろう。どうにかしろ」
「ふ、ふふっ、すみません。謙信様の困った顔があまりにも可愛らしかったので」
謙信様は面食らったような顔をして、すぐに凄みのある笑みを浮かべた。
その迫力に思わず後ずさる。
謙信「俺が可愛いだと?どのへんが可愛いか言ってみろ」
(わわ、可愛くない、怖い!)
「えーと、可愛いは誉め言葉ですよ?」
謙信「『可愛い』は女子供に使う言葉であろう?お前には俺が女子供に見えているのか?」
後ずさった分を、謙信様がじりじりと追い詰めてくる。
(か、壁が!)
背が壁にあたり後ろに下がれなくなったので今度は横に移動する。
けれど逃がさないというように謙信様は壁に手をついたので身動きできなくなる。
(ひえ!あまり近づかないで欲しいのに!心臓が壊れる!)
最早視線を逃すくらいしかできない。明後日の方向を向きながら必死で言い訳する。
「いいえ、そんなことはありません!私の国では男の人に対しても『可愛い』を使うんですよ?」
現代でも『可愛い』って言われると男心は複雑だそうだけど、女性からすれば本当に誉め言葉なのに。
まして普段怖い?謙信様のような方が見せる『可愛さ』なんて、それはもう胸を躍らされてしまう代物だ。