第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
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半刻後
夕食の準備を終えて囲炉裏の傍に腰をおろした。冷えた体に炭の暖かさが染みる。
謙信様は墨と筆を傍に置き、書簡のようなものに目を通している。
謙信「少し休め。朝から働き詰めだろう」
「ありがとうございます。こちらに座らせてもらいますね」
城から持ってきた荷物の中から裁縫道具と布を取り出して座る。
布にハサミをいれ同じ型の布を10枚作り、それを縫っていく。
クツクツクツ…
囲炉裏にかけたお鍋から湯が沸いている音が一定のリズムで聞こえてくる。
時々炭がパチンとはねる音以外は静かだ。
半分くらい縫い上げたところで背中を伸ばして休む。
謙信様は書簡を読み終え、白い紙に優雅な筆遣いで文字をしたためている。
(綺麗な字…。信長様は力強い字だけど、謙信様は線が細くて流れる感じ)
「何を縫っているのだ?」
謙信様が私の手元を見ていた。筆は止まっている。
「あ、これは佐助君用のマスクです。マスクってこれです」
私の口元を指さして説明する。
「病気をうつさない、うつされないためにマスクは大事なんです。
これが縫い終わったら謙信様にもお作りしますね。
本当は昨夜のうちに作りたかったんですが、眠ってしまいました」
謙信「昨夜はさぞかしよく眠れただろうな」
謙信様は少し意地悪そうに笑った。
「ええ。髪もほどかず着替えもせずに寝てしまいました。
おかげで髪をおろせなくてこんな髪型になってしまいました。
本当、姫らしくないですよね」
苦笑して肩をすくめてみせると謙信様はちらりと私の髪に目をやった。
謙信「先ほどから見たことのない結い方だと思っていた。似合っているから良いのではないか?」
「ありがとうございます」
サラリと言われたので私もサラリと返してしまった。けれど数秒後には、
(似合って…る?う、嬉しい)
顔に熱が集まってしまい慌てて俯く。
(不意打ちすぎる!さっきの『傷ひとつ負わせない』発言といい、謙信様って意外とサラリと言ってのける方なんだな)
動揺を隠すためにマスクを一心不乱に縫っていった。