第50章 絶対絶命
信長は頭上を警戒しながら何度か脱出を試みるも、雷に行く手を阻まれた。
天井と床には大穴がいくつもあき、畳には木材や瓦が積み重なって散乱している。
まともに歩ける場所が少なくなってしまった。
信長「俺を外に出さぬつもりか」
小さかった火は強風にあおられて勢いを強め、轟々と音を立てて燃え始めた。
天井の穴から雨が降り注いできているが火を弱める力はなく、半端にモノを濡らして煙を発生させる要因となった。
肌を炙る熱気にやられないよう、信長は着物の袖で鼻と口を覆った。
蘭丸「信長様、ご無事ですか!?」
面格子が施された丸窓が外側から破壊され、蘭丸が転がるように室内に飛び込んできた。
素早く起き上がった身体は水を被ってきたのだろう、水が滴っていた。
蘭丸「消火の指示を出してまいりました。光秀さんは知らせを受けてこちらに引き返しているところだそうですっ。
まずはこれを!」
蘭丸は手に持っていた大きな革袋の水を信長の身体にかけ、その上から濡らして持ってきた羽織を掛けた。
蘭丸「窓から脱出します!」
蘭丸が窓枠に足をかけて信長を振り返った。
カッ!!
蘭丸「っ!」
信長「っ!!」
蘭丸は窓の向こうに、信長は部屋の中へ咄嗟に逃げた。
さっきまで立っていた場所は真っ黒に焦げ付き、煙をあげている。
放っておけばそこから火があがりそうだ。
蘭丸は窓枠に足を掛け、もう一度信長の方へ来ようとする。
信長「貴様は逃げろっ!雷は俺を狙っている」
蘭丸「駄目ですっ!信長様を置いて逃げるなんてできませんっ!」
室内はもう火の海だ。これ以上遅くなれば逃げ遅れる。
蘭丸は飛び出そうと足に力をこめた。
信長「蘭丸、俺の命(めい)が聞けぬのか?」
腹の底に響く低い声に蘭丸は唇を嚙んだ。
蘭丸「信長様を守るなという命令は聞けません」
轟々と炎が燃え盛る音を聞きながら二人は一瞬押し黙った。
その束の間の時は天井が崩落する音ですぐに終わった。
ぎ、ぎ、と軋む音が聞こえ、やがて屋根を支える力を失くした柱がぐらりと傾いた。