第50章 絶対絶命
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信長と蘭丸が他愛もない話をしながらくつろいでいるうちに日差しが雲に遮られた。
日没までまだ間があるというのに辺りは薄暗い。
信長の緋色の目が窓の外に向けられた。
信長「風が強くなったな」
突然強くなった風を受けて、遠くに見える木々が大きくしなっている。
蘭丸「そうですね。それに雨雲が近づいてきます」
風にのって黒い雲が流れてくる。
開け放っていた障子を閉めるとすぐにゴロゴロと雷の音が聞こえ始めた。
信長「………雷か」
しめられた障子の向こうを伺い、信長は呟いた。
蘭丸はどこかの窓があいているようだと部屋を出て行った。
信長「雷を聞く度に貴様を思い出す。元気にしているか、舞…」
懐にいつも忍ばせている舞の耳飾りを取り出した。
金具は美しい湾曲を描き、月長石は淡灰色で歪みのない丸型だ。
信長でさえ目にしたことがない精巧な加工技術だった。
信長「光秀のことを笑っている場合ではないな。
俺が夜な夜なこれを眺めながら酒を飲んでいると聞いたら、貴様はどんな顔をするであろうな?」
舞が去ってから気づいた淡い想い。
胸を焦がす激しさはないが信長の胸の奥でずっと仄かな熱を放っている。
心が冷え込みこむ事があれば、熱は穏やかに広がり温めてくれた。
信長「……」
信長の武骨な指が耳飾りを弄ぶ。
腹の子の父親とみられる上杉謙信は、何を思ったのか安土に寺を建立したいと申し込んできて、その後すぐに行方知れずとなった。
佐助という重要な手掛かりは謙信とともに消え、越後から手を引かざるを得なかった。
ゴロゴロ………ザーーーーー
信長「雨まで降り出したか、あの雪の日と同じだな」
障子越しに稲妻が光ったのが見え、耳飾りの石が淡青色の光を跳ね返した。
信長は耳飾りを懐に戻そうとして手元を誤り、畳の上に落としてしまった。
耳飾りに伸ばした手がピタリと止まった。