第50章 絶対絶命
光秀「ええ。生憎俺はこれを預ける人間がおりませんので、安土を留守にする時は持ち歩くようにしております。
『俺が死ぬ時、処分しなければなりません』から」
信長「お前がその中身を明かさぬゆえ、巷(ちまた)ではその中は毒蛇が入っている、いや南蛮渡来の妖しい薬が、はたまた最新式のぴすとるが、などと噂されているぞ」
中身を知っている信長は半ばあきれているのか軽く息を吐いた。
光秀は喉をくつくつと鳴らした。
光秀「いかようにも思わせておけば良いのです。
人は未知のものを恐れ、気味悪いと思うものですから。俺にとっては都合が良いだけです」
信長「まったく厄介な男だな。あの娘もお前が『それ』を大事に持って歩いていると知ったら驚くであろうな」
光秀「ふっ、そうですね」
信長「あの娘が安土におったのはほんのわずかだったが、織田の結束を強固なものにしたのは紛れもなくあやつだ。
特にあの珍妙な人形を受け取った面々は口には出さぬが、あやつが望んでいた戦のない世を実現するため腹の底で思いたぎらせている。
天下統一がここまで早く成し遂げられようとしているのも、その成果あってのこと。
たいした女だ」
光秀「………」
二人の目に静かに熱が揺らめく。
少し湿り気を帯びた風が吹いて二人の髪を揺らした。
遠くに本能寺の屋根が見えていた。