第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
謙信「そのように毛を逆立てて何をしている?」
「謙信様!?あっ!」
気を取られた瞬間に睨めっこしていたネズミが動き出す。
(こうなったらやるしかない)
とりあえず謙信様はおいておき戸を勢いよく開けた。
師走の風がヒュウと入り込み、ネズミが動きを止めた隙を狙って箒で思いっきり掃き出した。
チュッ!という短い鳴き声がして小さな体が通りへ飛んで行き、それを見届けてからパシン!と戸を閉めた。
「はぁ、びっくりした」
箒の柄を両手でしっかり握ったまま呆然とする。
「怖かったー」
二度ため息をつき、そういえば声を掛けられたんだった、と謙信様を見上げた。
謙信様は驚いたのか切れ長の瞳を瞬かせている。
その向こうで佐助君もびっくりしたような顔でこちらを見ていた。
「お食事中にお騒がせして申し訳ありませんでした」
結局食事の邪魔をしてしまったと反省し、頭を下げた。
謙信「お前は…」
「?」
謙信「噛まれていないか?」
謙信様が土間へ降りてきて足元を確かめるようにしゃがんだ。
いつも見上げている謙信様の顔が下にあって褪せた色の髪がすぐそこにある。
(え?え?騒がしくして怒ってるんじゃなくて、心配してくれてるの?)
「平気です、謙信様。どこも噛まれていません」
声をかけると謙信様は立ち上がり、私を見下ろした。
謙信「存外気が強いのだな。そんなに恐れる相手なら俺を呼べば良いだろう?」
「たかがネズミ退治に謙信様の手を煩わせるなんて出来ません。それにやればできるんですから自分でやるべきです」
謙信「『たかがネズミ退治』に随分と毛を逆立てていたな。
お前は本当に姫らしくない」
鼻で笑われた。