第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
俺の代わりだと流した涙と怒り……俺が当時、誰にも吐き出さなかったことを驚くほど克明に言い当てた。
(誰も俺の胸の内など理解できぬだろうと思っていた)
家臣達は今でも『殿のために正しいことをした』と思っているはず。
『私が居たら怒鳴ってやる』と言っていた本気の顔。
胸がスッとしたのは間違いないが………
謙信「はっ……小娘の戯言だ」
動かされるな。俺の心は俺のものだ。
他人がどう考えようが俺が伊勢を殺したことに変わりはない。
心落ち着けてから改めて思う。
いつも腑抜けた顔をしているが舞の内面は思っていたより強い。
(信長に気に入られているだけある。あのような女は会ったことがない)
『寵姫』の意味を知らず、学がないのかと思ったが、今までの言動を思い起こすとそうでもない。
(おかしな女だ)
息を吐き何気なく袂に放り込んだお守りを取り出して…思考が止まった。
(あの女、なんのつもりでこれを寄こした?間違えただけか、それとも…)
ぐっと眉間に力が加わった。深く考えるのをやめお守りは袂に戻した。
謙信「……」
刀を抱き込み、片膝を立ててそこに顎を乗せた。ぼんやりと眺める先には佐助が寝ている。
(舞が口移しで薬を飲ませた時、俺は何故動揺した?)
薬を飲ませろと促したのは自分だったというのに。
(橋の下であの女の耳を塞いだのは…何故だ)
味方の声に惑わされる舞の姿が不憫だったから、ではない。
他の男の声に惑わされているのが気に食わなかったからだ。
(何故だ……)
明確な答えが出ぬまま夜明けを迎えた。