第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
謙信「………」
さっきまで舞が座っていた座布団に目がいく。
俺の厳しい追及に身体を震わせていたが、受け答えはしっかりしていた。
酒を共にした時もそうであったが、俺を必要以上に恐れない女は珍しい。たいていは目が合っただけで怯えて去っていく。
怯えるどころか伊勢のことも、遠慮もなくずかずかと踏み込んできて意見を述べていた。
家臣達が腫れ物に触るように伊勢の話題を避けてきたというのに、図々しい女だ。
だが腹立たしさはなかった。
謙信「伊勢が死ぬ間際にどうだったかなど知る由もない。今わの際に恨み言を言う女ではない、…か」
言われたことを反芻する。
だが、伊勢がどう思って死んでいったかなど関係ない。
全ては俺と関わったところから始まっているのだから。
俺と関わらなければ、今もまだ生きていただろうに……。
他人によって引っ掻き回された過去の記憶が黒い渦となって心の内に傷をつけていく。
(そうだ、これでいい。俺はこの痛みと共に生きていくのだ)
幸せなど望まない。
唯一、生を感じる戦の中で斬って斬って斬り捨てて、己の力量を限界まで高めて戦い続けて死にたいのだ。
『愛した人がずっと幸せでいられるように、その幸せが続いて、生きて欲しいって私なら思います』
謙信「…っ」
あの女の言葉が頭から離れない。
黒い感情がつけた心の傷に舞の言葉が染み込んでいく。
刀傷に強い酒をかけた時のように、ビリビリと痛む。