第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
(謙信目線)
舞を城まで送り、仮住まいの長屋に戻った頃には明け方が近づいていた。
部屋に入ると佐助は寝たままで、温くなっていた手拭をとりかえてやる。
汗ばんだ首に手をあてて熱を確かめると、心なしか下がっている。
(あの女が持っていた薬がよく効いているようだ)
忍び装束を解き、着物に着替えている間にも舞の謎だらけの素性に思考が回る。
ポトンと何かが落ちたと思えば舞が別れ際に渡してきたお守りだった。それを無造作に着物の袂に入れた。
謙信「話は聞けたが結局あの女、何者なのだ」
佐助の同郷だという平民の女が『安土の姫』になった事情はわかった。
信長の寵姫ではないというのも、あの女の表情や説明から真実のようだ。
ただし舞にその気がないだけで、信長はあの女を手に入れたいと思っているに違いない。
(でなければ夜、頻繁に呼び出すはずがない)
信長ともあろう男が女一人手に入れられずにいるとは滑稽……とは思わなかった。
舞を知れば知るほど容易に手を出してはいけない、そんな気がする。
あれはただの女ではない。
一見どこにでもいるような女だが、姫、城仕えの女、町娘。どの型にもはまらない。
掴みどころのない娘だが馬鹿がつくほど正直でお人好しだ。
敵将と知っていてお礼をしたいと思ったなどと、ぬるま湯につかって育った証拠。
謙信「あの女が持っている引き出しの多さに信長も興を覚えているのだろうな…」
癪だがその点は同意できる。
信長が安土の姫を寵愛していると聞いた時は、女に現を抜かしつまらぬ男に成り下がったかと失望したが…
だが舞を目の当りにしたらどうだ。
戦乱の世に染まっていない稀有な心を持ち、誰に対しても…敵にさえ手を差し伸べる愚かなまでの優しさ。
何もできない娘かと思えば、佐助のために城から連れ出して欲しいと気概を見せた。
おかしな形状の着物を着て、天井裏では自ら危機を退け、驚くほど速く駆けてみせる。
(妙に気にかかる)
信長に失望していた俺自身が、さっきから舞のことばかり考えている。
たかが女一人と片付ければ良いものを、それができず苛立ちが募る。
着替え終ったが寝る気にならず、囲炉裏の傍に腰を下ろした。