第1章 触れた髪
謙信「大げさだ。俺がうるさく感じて退治しただけのこと。
それよりさっきの質問に答えろ」
謙信様は事も無げに言う。
私が口を開く前に、佐助君は背を撫でるのを止めて答えた。
佐助「舞さんが動揺しているので俺が答えます。
里に送る途中で気付いたのですが、彼女は俺と同郷です。
最近安土の武家で住み込みの仕事を始めたそうで、あの夜は京の親戚の元へ行く途中、森に迷い込んでしまっていたそうです。
夜というのもありましたが、以前よりも彼女は垢抜けてきれいになっていたので知り合いだと気付くのが遅れました。
報告せずにスミマセン、謙信様」
(あ、そうか。私が安土城でお世話になっている事は言わない方が良いよね)
名前を思い出してわかったけど、この三人は織田軍とは敵対している関係だ。
さっき、うっかりと『安土城にお世話になっている』と言いそうになっていた自分に冷や汗が出る。
信玄「ああ、それは大変だったな。しかし安土で働き始めたばかりか、惜しいな。
俺の世話人として傍においてみたかった。
こんな美人に傍に居てもらえるなら、毎日心穏やかに過ごせそうだ」
信玄様が冗談なのか本当なのかわからない風に言ったけれど、途端に幸と謙信様が顔をしかめた。
幸「何言ってるんですか。信玄様の傍に女の世話役なんか置いたら、穏やかどころじゃねー」
謙信「ほう?城の者にお前の身の回りの世話をさせているが、それだけでは不満か?
佐助と同郷だろうが、このような得体のしれない町娘を城にはあげん」
細められた謙信様の目に迫力がありすぎて、身が縮む。
(わわっ、なんていうか信玄様は飴で、謙信様がとびきり級の鞭って感じ。
佐助くんと幸村さんは慣れてるから平気そうだけど、こ、怖いよ)
幸「しっかし、佐助と舞はわけわかんねー言葉を使うし、国はどこなんだ?」
信玄「そうだな、俺も興味がある。どうやら俺達が知らない医学の知識を持っているようだし」
私と佐助君は顔を見合わせた。
「「帰れないくらい遠いところです」」
同時に同じ答えを言った。
なんだかそれがおかしくて佐助くんに笑いかけた。