第32章 眠り王子に祝福の…を
「はい」
信玄「ありがとう。声が聞こえたんだ。良い香りがして…」
ずっと寝ていたせいか滑舌が良くなかったけど、信玄様は話し続けた。
「チョコレートの香りですか?じゃあ最初から聞いていてくださったんですね」
安心して欲しくて手を握ってあげる。
信玄「甘くて…大人の香りがして、俺のようだと」
小さく笑う信玄様に私も笑い返す。
「ええ、言いました。信玄様、退院したら一緒にお茶してもらえますか?
謙信様は甘いものを召し上がらないので、私のお茶友になってください。
幸村が居ないうちに、たくさん甘い物を一緒に食べましょう?」
再び寝てしまわないように、ちょっとでも楽しみを持って欲しくて提案すると信玄様は嬉しそうに頷いた。
信玄「喜んで申し受けるよ。ありがとう」
たどたどしく持ち上げられた腕がそっと私に伸びた。
その指先がすっと私の唇をなぞる。
「っ!!」
(最初から聞いていたなら、さっきのキスも知ってるってことだよね)
狼狽えて目線を外す。
信玄「時々聞こえていたんだ。一定の間隔で君たちが見舞いに来てくれていたことや、龍輝や結鈴がこの部屋を駆けまわって君に注意されていたのも知ってる」
(それ、この間の日曜日だ)
二人があまりにも病室で駆け回るから、きつめに注意した。
信玄「でもな……どうしても目を覚ませなかったんだ。
底なし沼にはまってしまったように抗おうにも抗えず、沈んだままで動けなかったんだ。
気づくと真っ暗で何もない、何も聞こえない場所に身を置いていた。
自分がもう死んでるんじゃないかって何度も思ったよ」
「そうだったんですね…」
相槌をうつしかなくて話を聞き続ける。