第32章 眠り王子に祝福の…を
「奥様もお子さんも待ってます。家臣の方も、幸村も。何も言わないけど謙信様も待ってますよ。
一緒にあの時代へ帰りましょうね」
信玄「……」
「手術の前にきちんと口づけしてあげなかったから起きてくれないんですか?」
ずっと考えていた。
もしあの時、信玄様に求められるまま唇に口づけをしていたら、信玄様は手術後に目覚めてくれただろうかと。
まさかそんなことあるはずないと何度も否定したけど、気の持ちようで人は変わる。
愛する家族と離れ、知らない場所、知らない時代、知らない治療。
信玄様は大人で、とても心の強い人だけど全然不安がなかったわけじゃないと思う。
支えてあげるつもりだったのに最後のあの時、逃げてしまった。
謙信様だけを愛する私は、それに応えなかった。
「西洋のお伽話では眠ったお姫様を起こすのは決まって王子様のキスなんですよ」
握っていた手を取り、唇を寄せ手の甲に口づけを落とす。
ひっくり返して指先に口づける。
手を布団の上にそっと置き、やつれた頬に手を滑らせた。
ドキンドキンと胸が高鳴る。
何をしているんだろう?冷静な自分が居る。
「一度だけです。あの時は逃げてしまってごめんなさい。
たった一人で大きな手術に挑むのは心細かったですよね。その気持ちを私はわかっていたはずなのに、ごめんなさい」
出産に一人で挑んだ時を思い出して、鼻の奥がツンとした。
「あなたの無事を願う人達の想いが届きますように
あなたのこれからが幸せで溢れますように
あなたの心が強くあれるように
祝福のキスを…」