第32章 眠り王子に祝福の…を
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次の日に病院へ駆け付けると、信玄様は相変わらずベッドで眠っていた。
看護師さんによると反応があったのは一度きりで、それ以降変化はなかったらしい。
「おはようございます、信玄様。今日は良い天気ですよ」
謙信様は病院内にあるキッズルームに引っ張っていかれてしまい、私一人だ。
持ってきた花を活けて、堅く絞ったタオルで顔や首、手を拭いてあげる。
「信玄様、ゆっくり休まれましたね。そろそろ起きていただけませんか?」
以前より伸びた髪に櫛をかけてあげる。
「ふふ、信玄様は髪が長くても素敵ですね。
今日はラムレーズンが入ったチョコレートを持ってきました。干したブドウをお酒に付け込んだものをラムレーズンというんです。
甘くて大人の香りがするんです。信玄様みたいでしょ?」
(香りだけでもかがせてみようかな)
声が届かなくても匂いなら感じてくれるかもしれない。
キラキラした袋をひとつ開封して信玄様の鼻へと持って行く。
信玄「……」
「良い香りでしょう?現代には信玄様が好きそうな甘いお菓子がたくさんあります。
せっかく500年後に来たのに食べないなんてもったいないですよ」
ベッド脇にあるテーブルには、お見舞いにと持ってきたお菓子が手つかずで乗っている。
信玄様の温(ぬる)い手を握る。
「信玄様を苦しめていた悪い物は全部なくなりました。
起きても咳き込むこともないし、血を吐くこともありません。手術の傷も塞がりました。
だから早く起きてくださいね」
信玄「……」
そっと頭を撫でてあげる。
謙信様に聞いた話では信玄様には何人か奥様がいらっしゃって可愛い盛りの子供も居るそうだ。
「信玄様、佐助君に聞いて知ってるかもしれませんが信玄様の子孫は今もこの時代を生きてるんですよ?
信玄様の生きた証が500年間ずっと続いてるんです。凄いですよね」
以前はぴんとこなかったけど、時を超える経験をした後では、それがどんなにか凄いことかわかる。
人の命が羽のように軽い戦国時代を見たからわかる。
500年間も血が続く尊さを。