第32章 眠り王子に祝福の…を
「え?いいの?」
謙信「……」
絵美「舞の旦那さんなんだから信用できるでしょ。
それにあなたがどんな鍛錬を積むのか興味あるし」
謙信様が迷惑そうに顔をしかめる。
謙信「やはり庭で充分だ」
クルリと向きを変えて謙信様が歩き出して、それに結鈴と龍輝がついていく。
絵美「あらら、あんたの旦那さんってひと癖あるのね」
「ひと癖もふた癖もあるよ。でもとっても素敵な人だよ」
絵美「はいはい、ごちそうさま。旦那さんを堂々と素敵だって言うあんたも凄いわ。
さっきの話だけど道場は5時には開いてるから気が向いたら使って。ついでに最近たるんでる私の旦那を鍛えて欲しいところだわ」
「ふふ、またまた。絵美の旦那さんって色んな大会で優勝している凄い人なんでしょ?」
絵美「それが駄目なのよ。強敵が居ないと人って成長しないじゃない。
あんたの旦那さん、きっと凄く強いと思う」
「わかるの?」
絵美「わかるわよ。あんな人滅多に、いえ、会ったことない。
あの人自体が刃物みたいに鋭い。でも不思議なことに悪い人ではない気がするのよね」
絵美が遠くなっていく謙信様の背中を見ながら、そう評価した。
「うん、凄く強い人だよ。大勢の人を惹きつけて導いて、引っ張ってきた人なの。
強引だし時々度肝をぬかれちゃうけど律義で誠実な方だよ。
もし道場に行くことがあったらよろしくお願いします。
話し方とか物の考え方とか古風なところがあるから、その辺もよろしくお願いします」
絵美「へー、あんたの旦那さんって面白そうね。
わかった、任された!」
絵美は胸元をポンと叩いてカラッと笑った。
(謙信様も絵美のこと面白いって言ってた。意外と気が合うかな?)
戦国時代では難しい『裏表のない人間関係』を経験して欲しい。
腹の内を探って敵の思考を先々まで読む。
そんな殺伐としたものから少し離れて、平和な時を過ごしてもらいたい。
その数日後、絵美の旦那さんを震え上がらせるほど打ちのめした謙信様が、道場の日雇い講師を務めることになったのは別の話。