第32章 眠り王子に祝福の…を
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ベッドに横になりながら、思い出されるのは信玄様が元気だった頃の姿。
森の中で初めて会った時の凛々しい甲冑姿
幸村を軽くいなして飄々としている姿
誰もが恐れる謙信様に軽口を叩いて笑う姿
「っ…」
思い出すと涙が止まらない。
甘味を食べている朗らかな顔
いつも安心を植え付けてくれる穏やかな声
女性をとろけさせる甘い眼差し
人に『美人だ』なんて言われたのは初めてだった。
「…信玄様」
次から次へと涙がこぼれてシーツが濡れていく。
(あなたが居なくなるなんて信じられない)
謙信様と対等に話し、時に諫め、時に見守る。
そんなどっしりとした存在が儚く消えようとしている。
(信玄様が居なくなってしまったら謙信様は…?)
変わらないように振舞うかもしれない。
でも深い絆でつながっている片方を失ったら…傷つかないはずがない。
「はぁ」
寝て居られずベッドを抜け出して窓際に寄る。
満月が先程とは少し位置を変え、輝いている。
(戦国時代に飛ばされたばかりの頃は変わらない月や太陽の光に感動したっけ……)
二つの時代を、変わらない姿で在り続けてくれた数少ない存在だった。
「幸村…」
安土に居た頃を思っていると、ふと幸村のことを思い出した。
500年前の時に居る幸村は、きっと信玄様の帰りを待っているはずだ。
しおれていた心が急に奮い立った。
(幸村だったら最後まで諦めたりしない。幸村が傍に居られないなら私達が諦めないで傍に居てあげなくちゃ…駄目だよね)
信玄様は強い意志をもって生きようとしていた。
手術中に命を落とすかもしれないと言われても迷うことなく手術の道を選んだ。
(信玄様はこのまま死んだりなんかしない)
月を見ながら心新たにしていると部屋のドアが開いた。
心臓が跳ねあがる思いがして振り帰ると、謙信様と佐助君が部屋に入ってくるところだった。