第32章 眠り王子に祝福の…を
二人になるのを待っていたかのように信玄様がこちらをふり仰いだ。
信玄「驚いたな。俺の言葉が残ってるんだな」
「ふふ、信玄様の言葉はたくさん残っているんですよ」
信玄「上杉とはあいつの流れか?」
(どうだったかな?歴史にあまり詳しくないからな)
「はっきりわからないので信玄様が手術している間に調べておきます。
起きたらお答えしますね」
間違った答えをしてはいけないからとそう答えたのに、信玄様がクスっと笑った。
信玄「謀ったな?君の答えが気になって仕方がない。
いち早く起きなければいけないようだ」
「謀っただなんてそんな!ただ歴史に詳しくないので…」
信玄「その割に俺の言葉や上杉鷹山という名は簡単に出たようだが…?」
悪戯に探る瞳がとても楽しそうだ。
「それは祖父の受け売りです。でも謙信様の子孫だったかどうかまでは聞かなかったので…すみません」
信玄「そうか。では俺が手術している間に調べておいてくれ。俺からの課題だ」
病室を出た時からずっと握っていた手にギュっと力が籠る。
途端に真剣な眼差しがこちらに向けられた。
信玄「俺はな、いつ訪れるかわからない死を覚悟しながら、いつも生きた証を残したいと思っていた。
口から出れば空に消えてしまう形ない言葉が、まさか500年後まで残ってくれていたなんて嬉しいよ。教えてくれてありがとう」
初めて信玄様の胸の内を聞いた。
死の影を感じながら生きた証を残したいと思っていたなんて、そんなやり切れない、せつない思いを知った。
私も信玄様に負けないくらい強く手を握り返した。
「手術が無事に済んだら信玄様の国を見に行きましょう。
信玄様が残したものはたくさんあります。それにこれからも、まだまだ生きられます。たくさん生きた証を作れますよ。
信玄様、皆と一緒に待っています。必ず、病に打ち勝ってください」
信玄様はこれ以上ないほどに優しい顔をして大きく頷いた。
信玄「君は本当にいい女だな。これ程に鼓舞されたのは初めてだ」
信玄様の手が私の首の後ろに回った。