第32章 眠り王子に祝福の…を
看護師「そろそろ時間です。奥様、手術室前まで付き添われますか?」
(奥様?)
看護師さんは真っすぐ私を見ている。
「私ですか?」
驚いて人差し指で自分を指してしまった。
信玄「舞。少しばかり手を握ってもらってもいいか?」
看護師さんの勘違いを巧妙に使い、信玄様が私へと手を伸べた。
手を握るくらいならと歩み寄る。
謙信「舞」
引き留めにはいった謙信様に首をふった。
「少しでも不安があるなら、手を握っていてあげたいと思います。
信玄様はあちらにご家族を置いてきておひとりなのですから私が代わりになります」
小声でそう伝えると謙信様は何も言わなかった。
ただ二色の瞳が不安そうに揺れていた。
(ちゃんと戻ってきます)
謙信様に安心するように視線を送り、信玄様の手をとった。
「さあ、行きましょう」
病室から出て廊下を看護師さんと3人で歩く。
ツルツルとした廊下が冷たく光り、無機質な照明の光に体がフルリと震えた。
(手術中にそのまま…なんて不安要素はあるけど、今はそれを憂う時じゃない)
「為せば成る…」
ふと言葉がこぼれた。信玄様がピクリと反応した。
信玄「舞?」
「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を…」
おじいちゃんがよく好んでいた言葉を思い出す。
(そう…おじいちゃんが大好きだった歴史ドラマの主人公は…)
「亡くなった祖父がこの言葉を好んでいました」
笑いかけると信玄様が嬉しそうに微笑んだ。
車椅子を押していた看護師さんがきょとんとした顔で言う。
看護師「あら?『為せば成る 為さねばならぬ何事も』じゃなかったですか?」
「ええ、それはもう少し後の時代に上杉鷹山という方が残した言葉です。
武田信玄様の言葉からとったと言われてるんですよ」
信玄「上杉…?」
信玄様の目が好奇心で輝いている、
看護師「そうなんですね、知らなかったです」
エレベーターに乗り、看護師さんに促されて降りるとすぐに『手術室』と書かれたプレートが目に入り、下には大きな両開きの扉があった。
看護師「ここでお待ちください」
看護師さんは近くに立っていた同僚に話しかけ、カルテのようなものを持って中へと入っていった。