第31章 パパなんて嫌い
けれど謙信様は結鈴を真正面に見据え、向かい合った。
謙信「ああ。痛かった。叩いた手よりも心が痛かった。
心底愛した者を叩いたのだ。とても……痛かった」
思い出したのか整った顔が一瞬だけ辛そうに歪んだ。
「謙信様…」
そうだ。
叩かれたショックで忘れていたけど、私の頬を叩いた時の謙信様は確かに辛そうな表情をしていた。
結鈴は小さな両手をギュっと握って大粒の涙をこぼした。
結鈴「結鈴も…っ、結鈴も痛いっ。
……本当はずっとパパに会いたかったのに、ママが話してくれるパパのお話が大好きだったのに、やっと会えたのに……叩いちゃって…痛いっ!」
ボロボロと涙をこぼす結鈴を謙信様が抱きしめた。
結鈴「うっ、ふえっ、うえーーーん!」
謙信「結鈴。辛い思いをさせた、すまなかった」
「結鈴…、謙信様…」
謙信様は自分の手を叩かせることで、人を叩く、それがどういう痛みをもたらすのか結鈴に教えてくれた。
言葉でどんなに『人を叩いちゃ駄目だよ』と言っても結鈴はわかっていなかったんだ。
(私なら人を叩く前に止めさせちゃうけど…これが謙信様のやり方なんだ…)
目の前の出来事に逐一口を出し、手を差し伸べてしまう私と、
本人に経験をさせて考える機会を与える謙信様。
(なんだかいいな)
こういう接し方はできなかった。
私とは違うやり方で子供を育ててくれる存在がとてもありがたかった。
謙信「結鈴…泣き止め」
火が付いたように泣く結鈴の背中をトントンと叩き落ち着かせようとしている。
その手つきは慣れていて、義理の息子とされている景勝様にもこうしてあげた時があったのかもしれない。
佐助「謙信様、その…大丈夫ですか?」
階段下から佐助君の遠慮がちな声がした。
「佐助君、おはよう」
階段の上から下を見ると佐助君が心配そうにこちらを見上げている。
佐助「謙信様が上がっていったと思ったら、泣き声がしたから心配になったんだけど…」
謙信「佐助。それはなんの心配だ?」