第2章 夜を忍ぶ
「たとえ信長様であろうと、初めてあった人に強引に迫られてもその気にはなりませんし、嬉しくありません。
ちゃんとお互いの事を知ってから、そういう仲になりたいんです。
それにあの時は火事で気持ちが混乱していましたし…逃げてしまったんです」
謙信「あの魔王の誘いに乗らず、挙句に逃げ出しただと?
ふっ、首が飛ばなかったのは運が良かったな」
謙信様はさもおかしそうに眼を細める。
けれども直ぐに目元を厳しくさせると地を這うような低い声で聞いてきた。
知らず知らずのうちに背筋に力が入る。
謙信「それで安土城に姫として住み、信長をよく知った上で寵姫になったということか?」
(……チョウキってなんだろう?)
謙信様の様子から何か重要な意味があるのだろうけれど、チョウキという単語がわからない。
「謙信様、申し訳ありません。チョウキとはなんですか?」
謙信「……」
(う、そんな事も知らないのかって顔してる)
謙信「寵姫とは主君から寵愛を受ける女の事だ。特に可愛がられ…愛される」
謙信様の声が掠れ、力なく空に溶け込んだ。
その様子に少し違和感を感じながら、私はとんでもないと目をむいて否定した。
「ないないないない!絶対ないです!!」
謙信「安土の姫は信長の寵姫だと、まことしやかにささやかれているが?」
(なんでそんな話になってんの!?)
「事実無根ですっ!まったく誰ですか、そんな根も葉もない噂を流したのっ!!」
あまりのことにムカムカしてきた。
いち庶民の私がなんと言われようと気にならないけれど、変な噂で信長様に迷惑がかかるのは絶対避けたい。
信長様にはご正室の濃姫様もいらっしゃるし、最近子供が生まれたばかりだと聞いていたから猶更だ。
謙信「軒猿からは夜な夜な信長の部屋に呼ばれていると報告を受けているが?」
『さあ、真実を吐け』といわんばかりに謙信様が追い詰めてくる。
(こんなに否定してるのに、謙信様は私が寵姫だって信じてるのかな)
謙信様の忍びがそんな事まで調べ上げているのかと驚くのと同時に、疑いが晴れないことに胸が痛む。
思わず頬を膨らませ(マスクをしてるから見えないだろうけど)、抗議する。