第2章 夜を忍ぶ
(こういう形で安土の人間だとバレてしまった以上、きっと謙信様は今までのようには接してくれない)
近づいたと思っていた距離は、とんでもなく離れてしまった。それは二度と近づくことはないだろうと涙がとまらなかった。
(胸が痛い。こんなに謙信様を好きになってたなんて…)
一緒にお酒を飲んだあの日『惹かれている』と感じたのは間違いだった。
(すでに恋に落ちていた…)
それを自覚したところで、どうしようもない。
私と謙信様の縁はこれで切れてしまうだろうから。
謙信「潔いのはいいが、それでは納得できない。これから俺がする質問に答えろ」
怒りを滲ませた声色に、私の胸は冷えて委縮した。
「はい」
せめて最後くらいは誠心誠意答えたいと思い、真っすぐ謙信様を見つめた。
『隠し事をして近づいた卑怯者』で終わらせたくなかった。
謙信「佐助と同郷の人間が、どういう経緯で『安土の姫』になった?」
「本能寺に火の手があがった夜、私は偶然その場に居合わせて信長様を助けました。
なかば強引に安土城へと連れていかれ、国は遠く、行くあてもないと打ち明けたところ『織田家ゆかりの姫』として城に住まうことをお許しくださいました」
謙信「ではあの夜、森の中を彷徨っていたのは何故だ?京へ親戚を訪ねていく途中だったのいうのは本当なのか?」
「それはその…」
あの時の状況を思い出して、いささか閉口してしまう。
謙信「どうした。正直に言わないと今度こそ斬るぞ」
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだ。
今にも苦無を取り出しそうな迫力に慌てて口を開いた。
「京へ行く途中だったというのは嘘です。申し訳ありませんでした。
燃える本能寺から信長様を助けた後、その…信長様が突拍子もない事を言い出したので驚いて森の中へ逃げ込んだんです」
謙信「信長に何を言われた?」
「天下人の女になる気はないか…と」
謙信様は少し間をおいた後、首を傾げた。
謙信「女にとっては悪くない話ではないか?」
私は首を振った。