第31章 パパなんて嫌い
謙信「起きてくる時間が遅いようだったから起こしに来たのだが…」
きっと私と結鈴の会話を聞いていたのだろう。
謙信様は何気ないふりをしているけど戸惑っているのがわかった。
龍輝「え?パパがそこに居るの?ママ、どいて!」
私の体を押しのけ龍輝がドアを全開にした。
謙信「……」
龍輝「……わぁ、ほんとだ、ママの人形そっくり!
僕と同じ目の色だ!カッコイイ!」
謙信様に似た容貌を持つ龍輝が、なんの迷いもなく抱きついた。
謙信「お前が龍輝か…。もっと顔をよく見せろ」
静かな二色の瞳が龍輝をじっと見つめ、切なげに細められた。
謙信「俺にそっくりだ。最初にお前に出会えたなら誤解などしなかっただろうに」
謙信様は呟くと龍輝の体を片腕で軽々と抱きあげた。
龍輝は嬉しそうに笑って謙信様の髪や頬に触った。
龍輝「パパだ、パパだ!嬉しい!」
頬ずりしそうな勢いで龍輝が騒いでいる。
謙信「長く留守にしてすまなかったな。これからはずっと居るからな」
謙信様は慈しむような目で見返し、よしよしと頭を撫でた。
謙信様には昨夜のうちに『パパは仕事でずっと遠くに行っている』という設定を伝え、口裏を合わせてくれるようお願いしておいた。
龍輝「やったー!ママ、良かったね!
パパ、高い高いして!ママはね、力がないからできないんだって」
謙信「たかいたかい?こうか?」
言葉のニュアンスでわかったのか謙信様が軽々とそれをこなした。
タイムスリップをするまでは衰弱して死にそうだったと聞いたけれど、その危うさは影を潜めている。
顔色はまだ悪いし、頬はコケているけど、表情は生気に満ち溢れている。
食事と睡眠をしっかりとれば、痩せてしまった体も元に戻るだろう。
(謙信様はもう大丈夫。良かった)
ほうっと息を吐く。
龍輝「ママー!見て見て!パパ、力持ちだね、スゴーイ!」
連続高い高いをしてもらって、こっちを振り返った龍輝の目はキラッキラに輝いている。
(凄く嬉しそう。あとは…)
後ろにある気配に目を向ける。
結鈴は私の後ろに隠れて出ようともしない。