第30章 仲直り
謙信「様はいらぬ。謙信、と」
待ちきれないのか謙信様は綺麗な指先で私の唇に触れた。
「っ!」
(歴史上の人物に敬称はつけない癖が出ちゃった。『謙信』って敬称なしで呼んじゃったんだ!)
なんてことを!と今更慌てたけど、目の前の謙信様は怒るどころか喜んでいるように見える。
(呼べって敬称なしで?む、無理だよ。出会った頃から謙信様は謙信様だし、とっても偉い方だし、怒らせたら刀振り回すし…)
頭の中が混乱してゴチャゴチャと余計なことまで考えてしまう。
「謙信様、恐れ多くて無理です」
涙目で許しを請う。
それでも謙信様は諦めてくれなくて唇から首もとへ指を滑らせていく。
謙信「この世は便利だな。夜でも煌々と明るく、お前の肌がよう見える。これより下も見たくなるな?」
綺麗な指先が首回りからすっと中に入り込む。
「や、やめてください。駄目です!なんてことおっしゃるんですか!?」
謙信「ではさっさと名を呼べ、ほら」
追い詰めるように指が私の肌をさらけ出していく。
(わ、わっ!どうしよう!)
でも名を呼ばない限り謙信様はやめてくれない。
それを感じ取り、やつれても格好良い謙信様を見つめて、思い切って名を呼んだ。
「……謙信」
気が付けば名前一つ呼ぶだけで顔は真っ赤になり、はぁはぁと肩で息をしていた。
謙信様は満足そうに目元を和らげた。
謙信「時々で良い。今のように俺の名を呼んでくれ。
俺を呼び捨てにするのは信玄と義元くらいのものだ。あいつらが俺を呼び捨てにし、愛するお前に様付けで呼ばれるのは癪に障る」
そう言われてしまえば頷くしかない。何より謙信様が本当に嬉しそうにしているから抗えなかった。
「も、もう謙信様ったら、仕方のない方ですね」
謙信様の胸に顔を埋めて表情を隠す。謙信様が私の頭に顎を乗せてフッと笑ったのを感じた。
それがどうしようもなくくすぐったい気分にさせた。