第29章 時のイタズラ
信玄「昨夜話した時、君の愛は確かに謙信に向けられていた。
姫、俺は君を信じるよ。だから落ち着いて全部話してくれ、な?」
それだけ言って信玄様は立ち上がった。
(もしかしてそれを伝えるためにお茶の提案をしてくれたの?)
信玄「湯呑はどこにあるんだ?」
食器棚の取手に手をかけて、こちらを振り返った信玄様は、何事もなかったように振舞っている。
換気扇にスイッチを入れたのは会話を聞かれないためだったのかもしれない。
通常通りの口調で雑談をしながら、私にメッセージをくれた。
(すごいな、信玄様は)
「は、はい。その棚の一番上のやつを…」
『君を信じる』。不意打ちに与えられた優しい言葉に、涙が滲んだ。
(ありがとうございます、信玄様…)
信玄様が居てくれて良かった。
信玄「姫…」
取り出したティーカップとソーサーを置き、信玄様が頭を撫でてくれた。
眼差しはとても暖かくて、ささくれ立っていた心を宥めてくれた。
話しても信じてくれないかもしれないなんて、そう思うこと自体が謙信様達を信じていなかったことになる。
(朝の出来事が強烈すぎて、いつの間にか私自身、三人を、謙信様を信じられなくなっていたんだ)
佐助君は私の話を聞かないとわからないと言っていた。
(だったら話すしかない。怖がってばかりじゃ謙信様との距離は離れたままだ)
やっと心の整理がついた。
カップにお湯を注ぐと柚子茶の甘い香りが広がり、緊張をほぐしてくれた。
(……頑張ろう)
心を決めた私を、信玄様が温かい眼差しで見守ってくれている。
謙信様と佐助君には緑茶を煎れ、それを手にリビングへ戻った。