第29章 時のイタズラ
(姫目線)
謙信様は一番遠くに座った。
(私が話しやすいようにしてくれたのかな。
それとも謙信様は向かい合って座ることさえ嫌だったのかな)
沈んだ心は負の感情ばかり増幅させ、膝に乗せた両手は汗ばんで冷たかった。
佐助「舞さん、さっきも言ったけど朝のことはごめん。
言い訳じゃないけど、ここで一日過ごしてわかったことがある。でも詳しいことは舞さんから事情を聴かなければはっきりしないんだ。
だから話して聞かせてくれる?君が安土を去る発端になった出来事から」
真剣な顔で佐助君が言ってくれた。
話を聞いてくれようとしている、その気持ちが嬉しかった。
でも、と戸惑う。
さっきからずっと視線を感じているのに私は怖くてそちらを見られないでいる。
頬を叩かれた以上に投げつけられた言葉に傷つけられ、心も体も竦(すく)んでしまっている。
ありのままに話して信じてくれるのか。
朝以上に酷い言葉を投げつけられるんじゃないか。
そんな事ばかり考えて視線を合わせられない。
信玄「舞」
信玄様に優しい声色で呼びかけられる。
「はい…」
呼びかけられたのに顔をあげられない。
(怖い…)
理由もわからず叩かれ、罵られたから。
信玄様は何も悪くないのに萎縮して何もできない。
(怖い、な……)
失礼だとわかっているのに、顔はあげられず、信玄様の膝のあたりに視線をやる。
信玄「喉が渇いたんだ。手伝うから何か貰っても良いか?」
「えっ!?あ、すみません!私ったらお茶も出さないでっ」
(気が利かないにもほどがある!)
パチっと信玄様と目が合った。
信玄「やっと愛らしい顔をあげてくれたな。ほら行こう」
信玄様が笑い、優雅な所作で私を立たせてくれた。
「少しお待ちくださいね」
佐助君と謙信様に言って背を向けると、後ろの気配が緩んだのを感じた。