第27章 梅干しの蓋
佐助「安土を去る少し前から舞さんは体調を崩し、何故か呼ばれた医師の治療を断っています。
手紙にもありましたが『病ではなく体質のようなもの』とありました。
その後の調べで『舞さんが産まれて間もなく、母親も『同じ症状』で亡くした』と安土の人に話していた事がわかっています。
ここまでは良いですか?」
信玄と謙信が頷く。
佐助「舞さんがこの時代に戻ってきたのは約4年前と予想され、子供の声を聞いた感じでは3~5歳」
信玄「それってまさか」
信玄がいち早く気が付いて息を呑んだ。
信玄「あっちに居る間に身籠ったってことか?
飲まず食わずになったのは病ではなく、悪阻が酷かったってことなのか?」
謙信「……っ!」
二色の瞳がカッと開いた。
佐助「あくまでも憶測の話です。
悪阻(つわり)については現代の医療でも明らかになっていない部分もあります。
体質が似た場合なのでしょうが、母親の悪阻が重たかった場合、娘も重い症状が出る、という症例もあるそうです」
佐助「舞さんはどのような手を使ったのかわかりませんが医師の目を誤魔化し、治療を断ることで安土の人達に妊娠を、身籠ったことを隠し通した。
そうしている間に悪阻は酷くなり、死が間近に迫る程弱ってしまったのではないかと」
静かなリビングに壁掛け時計の秒針の音だけが響く。
謙信「そこまでして何故隠し通す必要がある?
自らの命がかかっているというのに」
信玄「馬鹿だな、父親が安土の人間ではなかったからだろう。
それどころか対立の立場にあった。父親は…お前だろう、謙信?」
謙信はグっと拳を握り、信玄の視線から逃れた。
謙信「たとえそうであろうと助けを求めれば良かったであろう?
あの娘は信長達に気に入られていた。
父親を明かさずとも手を差し伸べる者が居たはずだ」
佐助「それを良しとしない舞さんの真っすぐなところに、謙信様は惹かれたんじゃないですか?」
謙信の全身を駆け巡っていた怒りが冷水を浴びたように一気に冷えた。
(俺があいつに惹かれた…そうだ、あいつは素直で真っ直ぐで…義理堅い女だった)
佐助の一言で冷静を取り戻した。