第26章 不義
「私はあなただけを…」
(謙信様だけを愛すると誓ったじゃないですか)
ショックで言葉が続かない。
ついさっきまで再会を喜び合えると思っていたのに、どうしてこんな状況になっているのか。
大好きなのに、変わらず愛しているのに
目の前の愛しい人にひと欠片の愛も伝えられない
何も伝えていないのに、私自身との時間、思い出、存在を、全て拒否された
(なんで?お、しえて……謙信様…)
身体がカタカタと震えた。
?「ママ…」
近くで声がして我に返ると廊下にゆりが立っていた。
驚いた表情をしているのを見ると、もしかしたら頬を叩かれたのを見ていたのかもしれない。
怯えているゆりの姿に、一気に落ち着きを取り戻した。
取り乱した姿を子供に見せちゃいけない。その一心で渦巻く心をどうにか抑えこんだ。
「……すみません。もう出勤の時間なんです。朝食を用意しましたので食べてください。17時には帰ります。
佐助君、お風呂、トイレ、冷蔵庫、電話、ここにあるものは好きに使っていいから…。
着替えとかタオルは全部、そこの箪笥の横にある駕籠にいれておいたから、よろしくね」
誰とも目を合わさず能面のような表情をしていただろう。
固い声でそれだけ言ってゆりの手を引いて部屋を後にした。
玄関には靴を履き終えたたつきが退屈そうに待っていて、謙信様と瓜二つの顔を見ると、胸がズキリと痛んだ。
二人を促し車に乗せ、家の敷地を出た途端に、
「………っ」
涙が流れた。