第26章 不義
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(第三者目線)
バタン、ガチャガチャ
玄関の戸が閉まり、無機質な施錠の音が聞こえた。
信玄「謙信、お前どうかしているぞ。天女に手を上げるなんて」
謙信「……」
車のエンジン音が遠ざかり聞こえなくなった。
謙信の体から力が抜けたのを感じて佐助が手を離すと、謙信はそのまま畳の上に膝を落とした。
佐助「まさか舞さんが既婚者だったなんて」
去年の暮れ『謙信様が好きだから現代へは帰らないよ』そう言っていたのにと佐助は肩を落とした。
(あの時点で子供は居たはずだ。ご主人や子供を捨てて謙信様と生きるつもりだったのか?)
一緒にいた時間は短かったが、佐助は舞がそんな人物だとは思えなかった。
佐助は畳に座り込んでいる謙信の姿を見ていられなかった。
あんなにも愛した女性に子供が居たなんて心が壊れてしまっても不思議ではない。
(俺は…謙信様をタイムスリップさせない方が良かったのか…?)
苦労して成し遂げた結果が無惨すぎて、綺麗な思い出だけを胸に死んでしまった方が幸せだったのではないかと考えてしまう。
佐助「謙信様。とりあえず着替えましょう」
糸が切れた人形のような謙信を立たせて、舞が用意した服を着せた。
着替えを済ませた3人が部屋を出てリビングに移動する。
信玄と謙信にはわからない物がそこかしこにある部屋だったが謙信は茫然自失状態だった。
佐助「せっかく舞さんが作ってくれたので食事にしましょう」
ダイニングテーブルに3人分の料理が並んでいた。
信玄と佐助は少し冷えてしまった料理を食べたが謙信は箸をつけようともしなかった。
佐助「謙信様、これから信玄様の病気を治すために動き回らなければいけません。
食べたくないかもしれませんが…」
謙信「あの女が作った物などいらん!」
佐助の言葉を遮り、謙信は憤りを見せた。
謙信の席には共通のおかずの他に梅干しが置かれている。
信玄と佐助は視線を交わし諦めたように首を振った。