第26章 不義
(姫目線)
パン!
部屋に響いた乾いた音。
謙信様達と正面から向き合っていた顔が突如横に向いた。
いや向けられた。
(え…?)
左頬に感じるジンとした痛みに何が起きたのか理解できなかった。
(何が起きたの?)
喜びに満ち溢れていた気持ちが急激に沈み込んだ。
茫然と目の前に居る謙信様を見返す。
佐助「謙信様っ!」
佐助君が謙信様を羽交い絞めにして押さえつけ、信玄様は謙信様と私の間に入ってくれた。
謙信「離せ!不義をはたらいて俺に近づくなど、この程度で済まされると思うなっ!」
憎悪の感情を隠そうともせず、謙信様がもがいている。
その激しさに無意識に頬を押さえた手が震える。
(ふぎ…?ってなんだっけ。良い言葉じゃなかったよね)
真っ白になった頭で必死に考える。
今更になって謙信様に頬を叩かれたんだと理解した。
謙信「何も知らない無垢な女のふりをして、とんだ女狐だなっ」
暴言を吐かれているというのに頭が真っ白で何も言い返せなかった。
謙信「佐助、離せ!!」
羽交い絞めを解こうと謙信様が暴れ、佐助君が必死に抗っている。
佐助君の手が離れたら平手打ちひとつでは済まされないだろうと容易に想像できた。
憎しみのこもった目で睨みつけられた。
謙信「この俺を騙しおおせて、さぞかし気分が良かったであろう!!
お前のような女など……愛した俺が間違っていた!」
「っ!」
言葉の刃(やいば)が私を鋭く傷つけた。
(なんで…そんなこと…)
震える唇はいうことを聞かず、開いては閉じてを意味もなく繰り返す。
痩せた体のどこにそんな力があったのか、佐助君に羽交い絞めにされていてもなお掴みかかってきそうだ。
謙信「こんな仕打ちをして何が楽しい?お前のような女など、出会わなければ良かったのだ!
金輪際、顔も見たくないっっ!!」
私との日々を完全に否定され、身を引き裂かれるようだった。
頬は強く叩かれていない…はずなのに痛くて、痛くて仕方がなかった。