第26章 不義
謙信「そういえば…」
自身の姿を見下ろす。
着ていた着物ではなく見覚えのない夜着を着ている。
(っ!)
丁寧な縫製に見覚えがあった。
俺のためにと作ってくれたマスクと同じ……舞のものだ。
布団から出て、掛けてある着物に触れた。
美しい色味の布地でできたそれは、作り手の繊細さを感じさせる。
全体的に白や水色を基調とした着物が多い。
謙信「これはっ」
男性用の着物に隠れるようにして一枚だけ女性用の着物が掛けてあった。
忘れるわけがない。
世話になった礼にと贈った梅柄の反物で作られている。
謙信「……」
片手で口元を覆う。
この反物を持っているのは舞だけ。
仕立て上がったモノを見ると、反物の時以上に生地の良さが引き立っている。
裾には3羽のウサギが控えめに刺繍されていた。
謙信「もともと城に居着いたのは3羽。俺の話を覚えていたか」
片膝をついて裾に手を伸ばすと、光沢のある糸や生地が光を反射した。
雪が日の光をはね返す情景を連想し、頬が緩んだ。
遠くで食器がカチャカチャと鳴る音がして鼓動が早まった。
(あの音を立てているのは舞だ…)
喜びに身を震わせたのも束の間
一瞬にして絶望に追いやられた
??「そろそろテレビ消してね。もうすぐ保育園に行く時間だからトイレに行ってきて!」
子どもが返事をしている。
謙信「……」
胸がざわざわとうるさい。
聞こえてきた女の声はまぎれもなく舞のものだったが…。
(そういえばさっきも子供の声がした。まさか舞の子供なのか?)
行きついた考えに目の前が真っ暗になる。
謙信「まさか………夫や子が居る身で、俺と通じたというのか?」
体が震えた。
何に対して、どうして震え出したのか理解できなかったが、その震えはやがて耐え難い怒りを呼んだ。