第25章 3人で…
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謙信は具合が悪そうな信玄を連れて外に出てきた。
別邸に居る家臣や女中はよもや病人の二人が抜け出すとは思っていなかったのか気づく者もなく、見送りに出ているのは門衛だけだった。
門衛「夜も更けたというのにどちらへ?」
謙信「小用だ」
信玄が佐助の手を借りて馬に乗ったのを見届け、謙信は馬に乗った。
佐助「出発します」
信玄は脱力気味に返事をし謙信に発破をかけられた。
謙信「川中島で戦ったのは虎ではなく猫だったか?随分弱っているようだな」
信玄「死にかけの龍がよく吠えるな。着物の布が余って格好がついていないのは誰だ」
青白いを通り越して土気色の顔で信玄が微かに笑う。
謙信「ふん、お前よりはマシだ。黙って馬にしがみついていろ。出立だっ」
3人を乗せた馬が勢いよく走り出す。
少し走ったところで後ろから何者かが近づいてくる気配を察し謙信が振り返った。
??「お館様!どちらへ?」
謙信は馬首を変えて後方へ向き直る。
謙信「景勝か」
暗闇から姿を現したのは義理の息子、景勝だった。
景勝「お館様の見舞いにきたところ門衛がたった今出かけたと言っていたので追いかけてまいりました。
そのお体でどちらへ行かれるのですか?」
謙信「ふっ、小用を済ませにだ。それ以上は言えない」
宵闇を背に薄く笑う謙信がこのまま消えてしまう気がして景勝は問うた。
景勝「戻って来られますよね?」
謙信「それは俺にもわからんが、お前が生きている間は別邸を残しておいて欲しい」
戻って来る意志があることを伝えられ、景勝はホッとした。
謙信「『お館様』は景勝、お前であろう?
たとえ戻らずとも俺はお前の生き様を見ている。くれぐれも上杉を頼むぞ」
謙信はあっという間に馬首を巡らせると佐助と信玄が去った方向へ駆けて行った。
義理の父だったが、本当の父のように接し育てくれた男の背に景勝は声をかけた。
景勝「父上!ご武運を!」
夜の闇に消える瞬間、謙信が穏やかな笑みを浮かべて振り返ったように見えた。