第2章 夜を忍ぶ
この時代にきてから久しく動かしていなかった全身の筋肉を無理やり動かす。
草履をはいて小股で歩いていた足が、今は足の裏全体で地面を蹴って、大股で前へ前へと進む。
少し伸びた前髪が後ろへなびき、おでこや頬にあたる風がとても気持ち良かった。
この時代の人から見たら『はしたない』と言われる行動。現代から来た私にとっては久しく制限されていた行動だ。
思いっきり走るという単純な行動にさえ、羽が生えたような自由を感じた。
(気持ち良い!)
巡回に見つかるかもしれないという怖さと、どこまでも走っていけそうな爽快感。
けれどもそれは突然腰に巻き付いた腕によって突然終わる。
謙信「ここだっ!」
長屋の一室の戸がスパン!と開けられ、横から攫われるようにして中へ引き入れられた。
勢いよく戸が閉まる音がして、私は息が切れてしゃがみ込んだ。
謙信様は流石というか、息ひとつ乱さず戸の外を伺っている。
室内に目をやると土間をあがった向こうには囲炉裏があり、かけられた鍋からは湯気が上がっている。
その傍に布団が敷かれ佐助君らしき人が寝ている。
奥には襖が見えたので、二間続きの住まいのようだ。
(やっと佐助君のところまで来られたんだ)
肩の力が抜けてへたりこみそうになった。