第2章 夜を忍ぶ
身動きできずにいると、目の前の謙信様の影がザッと動き、気づくとまた担がれていた。
今日3度目になる行為に目をつぶった。
(謙信様を信じよう)
素早く移動した謙信様が、橋の欄干に足をかけたのがわかった。
(飛び降りるつもりだ!)
束の間の浮遊感の後に『バシャン』という水音があがった。
その音が思いのほかに大きく耳に響き、ぎゅっと目をつむる。
巡回1「おい、水音がしたぞ!」
バタバタと数人の足音が近づいてくるのを聞こえた。
謙信様は水音を立てずに土手まで駆け上がり、橋の真下に身を隠した。
ここだけは短い草しか生えておらず、もし巡回の人が土手を確認しに来てしまったら見つかってしまうだろう。
「……」
草の上に降ろされると体が小刻みに震えた。
(みつかったらどうしよう!)
耳の奥でドクンドクンと脈打つ音が聞こえる。
動揺した息が漏れないようにマスクの上から口を押さえた。
謙信「……」
不意に肩に手を回されて、体を引き寄せられた。
謙信様の手が肩から頭へと移動し、堅い胸に私の右耳がピタリとつくように押し付けられた。
口元を押さえていた手を片方取られ、私自身の胸に導かれる。
右耳が謙信様の心音をとらえる。
トクン、トクンという一定のリズムを刻んでいるのに対し、胸にあてた手はドッ、ドッという早鐘を打ち鳴らしている。
(そうだ落ち着かないと…、大丈夫、謙信様がついてくださってるんだから…)
心強い謙信様の存在を感じて我に返った。
口から息を吐いて、もっと吐いて…肺が全ての空気を出し切ったところで鼻から吸う。
それを繰り返していると、謙信様と私の心音が重なってきた。