第19章 謙信様の手紙
住職「この龍が守っているのはウサギです。手に何か持っていますが、それが何かは未だにわかっておりません。
明治の頃より何度か歴史に詳しい方達がきて調べていますが、どうして龍がウサギを守っているのか、なんの逸話もなく作者も不明で謎が多い作品です。
龍は寝ていると見せかけて、目が開いているんですよ」
そう言われてみれば確かに目が開いている。
糸のように細く…。
その龍の目には色があった。
「あ…っ」
咄嗟に両手で口を覆った。
そんな私を見て住職が言った。
住職「目の色が違うでしょう?この寺に残された古い記録簿に再建当初の様子が書かれていて、こう書いてあったんです」
住職が記憶を辿るように遠い目をした。
「『龍の目。左は氷のように透き通った白藍(しらあい)、右目は日に透けるような若菜色』。
昭和の頃、その文献を参考にして修繕されました」
私は茫然とその目を見つめる。
(謙信様だ。そして、この兎は……私?)
『お前はどことなく兎に似ている。こうして撫でると、少し震えるところが』
『ずっとお前の寝顔を見ていた。愛らしくて眠るのが惜しい…さっきのは寝たふりだ』
『これは幼少の頃に世話になった住職から貰ったものだ。持っていろ』
(兎が持っているのは…………鈴……)
『愛している。この命尽きるまで』
安土城で一緒に寝た夜、夢現(ゆめうつつ)で聞いた謙信様の最後の言葉が聞こえたような気がした。
「っ……!」
こらえきれずに涙が溢れた。
住職「おや、どうしました?」
涙が溢れて流れ落ちる。
身体が震えたせいで、ゆりが「んー、んー?」と足をバタバタさせた。
急に泣き出したのでご住職が心配そうに見ている。
「す、すみません。ちょっと思うところがあって…」
ベビーカーの下にある荷物入れからバッグをとった。
その中から謙信様に貰った鈴を取り出す。
悪阻で寝込んでいる時も、入院中も、出産の時も、ずっと、ずっと私と一緒にあったもの。
からん
小さく乾いた音が鳴る。
(謙信様がここを建てられたのですね)
龍に守られたウサギは安心して眠っている…。
龍は綺麗に輝く瞳でそれを眺めながら、体を休めている。