第16章 武将くまたん
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佐助を捕えて安土へ連れてくるよう部下に命じ、光秀は自室の文机の前に座った。
届いていた書簡は脇へ押しやり舞の文を広げた。
光秀「……」
楷書で書かれている上に、南蛮の文章のように横書きだ。
随分と読みづらいが初めて見る舞の字に愛おしさを感じた。
光秀「あの小娘、字が読めないと言っていたがなるほどな。舞の国は字を崩していないのか」
琥珀の瞳が鉛筆で書かれた文の内容を追っていき、ある箇所でそれは止まった。
『……意地悪されても、本当は気遣ってくれてるわるたんが、姫たんは大好き。
ひでたんとは違うタイプのお兄さん。
わるたんはひでたんの……』
わるたんの説明に、広間では耳にしなかった言葉がつづられていた。
『わるたんはひでたんのお日様みたいにあたたかくて明るいところが少しだけ羨ましいと思っている。
でもそのことをひでたんは気づいていないみたい。
とってももったいないと思う。
いつまでもお互いを高め合い、認め合う仲であって欲しいと姫たんは思っている』
薄い唇からふっと空気が漏れた。
光秀は片手を額にやって何度もその箇所を読む。
ここだけ秀吉が読み上げなかった心情を想像して笑いが込みあげてきた。
光秀「お節介な娘だ。俺と秀吉の関係をいつも心配そうに見ていたかと思えば、どうして俺の心をそうまで読めるのだ」
舞が考えていることは面白いほどよくわかったものだが、もしかしたら舞から見る光秀もそうだったのかもしれない。
数えきれない人数を騙してきたというのにろくな駆け引きもできない舞にすっぱりと見破られていた。
その事が妙に面白い。
光秀「小娘、しばしの別れだ。次に会った時いじめ抜かれる覚悟をしておけよ」
文を畳み、その上に文鎮の代わりにわるたんを置く。
殺風景な部屋にわるたんが居るだけで、妙に気抜けた雰囲気になる。
光秀「たった一人の人か…ならばこれはお前に持たせるべきだったな。
いや、お前は持っているのか。上杉を模したくまたんを。
わるたん、すまないが俺の番(つが)いがみつかるまでしばらく俺と二人だ。よろしく頼むぞ」
大きな手が寂しそうにわるたんに伸び、低い呟きは誰の耳にも届くことはなかった。