第15章 雪原に立つ
「ありがとうございます、信長様。美味しかったです」
信長「食べられるようならもっと食べろ。遠慮はいらん」
「いいえ、もうじゅうぶっ、んむ!?」
有無を言わさず二個目を口に入れられた。
「も、もう!気持ち悪くなったらどうするんですか!?」
信長様はポイっと金平糖を口に入れ、前を見ていた赤い瞳がこちらを見る。
信長「そんなことを恐れているからやせ細っておるのだ。
吐いても良いから食べろ」
「もう吐きたくないんです!」
信長「ふっ、死にかけているとは思えん威勢だな。
出発するぞ」
馬がゆっくりと動き出した。馬の筋肉の動きが体に伝わってくる。
「はっ……」
宿で休んだからと少し油断していた。
馬の揺れと一緒に胃が揺れている。
金平糖で甘くなっていた口の中が胃酸の嫌な味に変わり、喉に鉛が詰まったように苦しくなった。
信長「……」
苦しむ私を見て信長様はおもむろに手袋をはずし、くるんでいる布の中に手を差し込んできた。
お腹の上におかれた大きな手の感触に強張っていた体から力が抜けた。
(光秀さんも同じようにしてくれたけど、安心する…)
お腹から伝わる体温に癒され、気持ち悪さが幾分改善した。
信長「お前程ひどくはなかったが濃も悪阻(つわり)に苦しんでおった」
「!」
信長様の口から出た『悪阻』という単語に体が硬直した。
信長「隠さなくとも良い。もう大分前から薄々気が付いておった」
怒るでもなく責めるでもなく赤い瞳が見下ろしてくる。
信長「濃は背中をさすっても手を握っても気がまぎれなかったが、こうして腹に手を置くと安らかな顔をしておった…。お前も同じようだな」
「何も聞かないんですね」
信長「聞いて貴様の体が良くなるのならそうするが、そういうわけではあるまい。
それに何を聞いても貴様は話さぬだろう?」
その気になれば責めて追い詰めて、様々な手段をとって私から聞き出せたはずなのにそうはしなかった。
「信長様はお優しいですね」
信長「そんな戯言を申すのはお前と濃くらいだ」
畏怖される存在である信長様は言われ慣れていないのか、少しだけ照れているようだった。