第15章 雪原に立つ
思うとおりに動かない手で布を開いていくと、中から出てきたのは繊細な蒔絵が美しい櫛(くし)だった。
土産でもらうような品ではないと一目でわかる。
(あれ、櫛って確か…)
かつての針子部屋でのことを思い出す。
針子1『恋仲の人から来年には祝言をあげようって櫛を貰ったの』
よくわからなかったので聞いてみた。
「祝言をあげよう、で、櫛なの?なんで?」
針子部屋にいた全員が一斉に私を見た。
針子2『まあ!舞様!男性が女性に櫛を贈る時は『苦しい時も死ぬ時も一緒』という意味合いが込められているんですよ!』
針子3『殿方から櫛を贈られるのを女子なら一度は憧れるものですよ』
針子4『男性が婚姻を申し込む時の定番です!』
「え?そうだったの!?」
この時代、櫛がエンゲージリングみたいなものだとわかり仰天する。
「全然知らなかった…じゃない!おめでとう!」
針子1「ふふ、ありがとうございます、舞様。これからは男性から櫛を贈られたらそういう意味だと察してあげてください…ね?」
「知らないって怖いね。勉強になりました、ありがとう!」
タイムスリップしたばかりの頃の話だ。
まだ謙信様に出会う前だったし、風変りな私に櫛を贈ってくる人は居ない。そう思っていたから知識として覚えただけだった。
(まさか…)
櫛を持つ手がカタカタと震え、信じられない思いで光秀さんを見上げた。
目が合った光秀さんは今まで見たことがない……甘く艶のある眼差しをしていた。