第15章 雪原に立つ
「謙信様。会いたいです。あなたと一緒に生きたかったっ…!」
涙が次から次へと零れ落ちる。
今この瞬間に天井の板が外れて、謙信様が姿を現すのではないかと希望を捨てきれない。
(時間がなくなっちゃう。いつまでも泣いていられない)
手ぬぐいで涙を拭きとり、化粧道具に手を伸ばした。
下地を塗り、ファンデを伸ばす。
血の気のない頬にチークをのせ、眉をかいていく。
鏡にうつる顔が少しずつ現代にいた頃の自分のものになっていく。
ここに来たばかりの頃なら現代へ帰れる喜びで目を輝かせていただろうに、実際にうつっているのは今にも泣きだしそうな顔だ。
パールが入ったアイシャドウを見てため息が出た。
この時代にはない色。
あと数刻もすれば500年後へと帰り、二度と戻ってこられない。
やりきれない思いで4色のアイシャドウを瞼に重ねぬりして、ビューラーでまつ毛を上げた。マスカラをすると久しぶりにパチッと大きな目になった。
口紅とグロスを塗り、一息ついた。
「はぁ…やっとお化粧できた」
体を起こしているのが辛くて体を横たえる。
畳の目が近くに見え、それだけで目が回った。
「気持ち悪い」
唾を飲みこみユックリ息を吸って吐いた。
そうして身体を誤魔化し、やっとの思いで体を起こす。
「髪、どうしようかな」
髪型に迷っていると『珍しい結い方だと思っていた。似合っているから良いのではないか?』
という謙信様の言葉を思い出した。
髪を二つに分けて編み込みにしてそれを一つにまとめた。光秀さんからもらった織紐をバッグから出して結ぶ。
最後にムーンストーンがついたイヤリングをして完成だ。
鏡には今の自分にできる精いっぱいの姿が映った。
安土の皆とも今日でお別れだ。
別れの時くらいきちんとした姿でいたい。
「あなたがこの姿を見たらなんと言ってくれたでしょうか」
きっと最初はびっくりするだろうけど、最後には絶対甘い言葉で褒めてくれそうだ。
「大好きです。あなたを愛しています。
ふっ、ぅ…」
こらえきれない涙がポタポタと膝に落ちた。
この時代に、同じ時を共有しているうちに言葉を残せば謙信様に届くような気がして、私は何度も何度も愛を告げた。