第15章 雪原に立つ
(姫目線)
ついにこの日が来た。
ワームホールが開くと佐助君が言っていた日は今日だ。
少しずつ準備をして、昨夜、謙信様宛の文を書きあげた。
牧さんが見つけてくれると信じ、わかりにくいけれど身近な物の中に隠した。
私の元には未だ何の報せもこない。
城の雰囲気はいつも通りで、ザワついた様子はない。謙信様が信長様へ何かしらのコンタクトをとってきたという可能性はない。
「……はぁ」
体に刺激を与えないように緩慢な動きで布団から出た。
寝たきりだった私が動いたものだから、女中さんがとても驚いた顔をしていた。
久しぶりに気分がいいから信長様に会いに行きたいと言い、身だしなみを整えるためのお湯を用意してもらった。
自分のペースで仕度したいからと半刻ほど席を外してもらった。
顔を洗い、髪を櫛削る
手を伸ばす、手を上げる、視線を動かす
動作一つにしても体が反応して吐き気が込みあがってきた。
その度に手を止め、時には横になって休んだ。
次にタイムスリップしてきた時の洋服に袖を通した。
予想していたけれど私の体は痩せてしまって洋服のウエストや肩回りなど、ブカブカになっていた。
それなのに下着やストッキングがお腹にあたると締めつけが不快に感じられ、不思議な思いでお腹をさすった。
(ここに居るんだよね。謙信様との…)
こんなに平らな…健康だった頃より凹んでしまったお腹の中で赤ちゃんは大丈夫なのか。
一刻も早くお医者様に診てもらいたいという気持ちはあるけど、謙信様との別れを思うと、とてつもない寂しさに襲われる。
昨夜書いた手紙には謙信様のことを思って妊娠に触れなかった。
もし妊娠を告げてしまったら謙信様の性格上、私を追おうとして叶わないと知り、
……自分を責めながら絶望する、そんな気がした。
それなら一時想いを交わし、勝手に居なくなった女。
そう思ってくれた方が謙信様が負う傷は浅く済む。
一生会えないというのなら、何も知らせず去ったほうが謙信様の心が救われる気がした。