第1章 触れた髪
「舞と申します。今、安土じょっ…ん?」
その時、ブン!という大きな羽音が耳の傍を通り過ぎて行った。
見ると、私の親指ぐらいの大きさの蜂が旋回してこちらに飛んでくるところだった。
「は、蜂っ!」
幸「おわっ!でっけぇ蜂っ!?」
幸と呼ばれていた人が手で払おうとしてくれたけれど、蜂は何故か私の周りをグルグル飛び回っている。
佐助君も私の傍で追い払ってくれるけれど、なかなか飛び去ってくれない。
(しつこいっ!)
子どもの頃、蜂に刺された記憶が蘇って体が震える。
ブーン、ブーンと旋回しながら距離を縮めた蜂が、真正面から迫ってきた。
「い、いやっ・・・!」
恐怖でしゃがみ込んだ時、チャキッという音がした。
(え?)
視界いっぱいに広がった光景は、スローモーションのように見えた。
さっきの綺麗な男の人が一歩踏み出して少しだけ腰をかがめ、
無駄のない動作で腰の刀を引き抜くと、それが日の光に煌めいた。
ヒュッという音がしたのと同時に、背後から吹いた風に私の長い髪が研ぎ澄まされた刀身の方へさらわれた。
(髪が…)
慌てて髪をおさえるも遅く、蜂が真っ二つになり、刀に触れてしまった髪がはらりと空を舞った。
(あ…蜂を退治してくれたんだ…)
ポタリと蜂が落ちる音を聞いた時には刀は鞘に納まっていた。
(すごい…)
瞬きをするのも忘れて綺麗なその人を見つめているうちに、空を舞った髪が地面にハラリと落ちた。
??「ああ、お見事。しかし謙信、姫の美しい髪まで切ってしまったぞ」
謙信「……」
(ああ、そうだ。この人は…上杉謙信、様だ。もう一人の人は武田信玄様。
崖に落ちそうになったのを助けてくれたのは、幸さんだった)
やっと名前を思い出した。