第1章 触れた髪
(あ…綺麗な人)
男性に『綺麗』という表現はおかしいけれど、恐ろしいくらい整った顔立ちに色素の薄い髪や肌。
なんの感情も宿していない左右色違いの瞳。
その男の人を形成する全てが儚げで綺麗だった。
(あれ、でもこの人、本能寺の夜に…あった人だよね?)
月明りで見ただけだったけれど、確かにこの人だ。
思わずボーっと考えていると、佐助君の肩越しに誰かが話かけてきた。
??「ん?佐助、その女、この間のイノシシ女じゃねぇか?」
その物言いにムッとして眉間に皺が寄った。
よく見ると、その綺麗な男の人の隣には見知った顔が二つ。
一度しか会っていないけど、二人とも本能寺の夜に会った人達だった。
(えっと、名前は確か…)
あの夜は森の中で次々と人に会い、名前がうろ覚えだった。
??「幸。女性にはもっと優しく声をかけろと言っているだろう?」
幸と呼ばれた人の隣に居た落ち着いた雰囲気の男性が私をチラリと見た。
(この人あの夜も私の事『美女』とかなんとか言っていたような)
そんな風に言われた事がなかったので気後れしたのをよく覚えている。
??「佐助」
その時、低く澄んだ声が響いた。
誰の声かなんて、見なくてもわかる。
恐る恐るそちらを見ると、色違いの瞳が不審げに私を見ている。
??「本能寺の夜に会った女だと?お前は里に送り届けたと言っていたが、何故その女が安土に居る?」
(う、ちょっと怖い)
さっきまでの儚げな雰囲気はどこかへ、私を見定めるように目を細めている。
静かだけど妙に響く声は迫力がある。
威圧感というか、威厳というか、信長様と雰囲気が似ている。この人も有名な武将様だったような気がするけど思い出せない。
(本能寺の夜にも佐助君と一緒に居たこの人は…なんていうお名前だったかな。
とりあえず自己紹介した方が良いよね?)