第1章 触れた髪
謙信「そのような戯言、言われたのは初めてだ。
お前には俺がただの一人の人間に映っているのか」
「はい。謙信様が色々と言われているのは知っていますけど、お城を出て、刀を置いて、こうしていると一人の男の人でしょう?」
『そう思うと、ちょっと心が軽くなりませんか?』そういって笑って見せた。
謙信様や信長様クラスの武将になると、自分が自分である事になんの負担も感じていないかもしれない。
私が言っていることは、ただの独りよがりなのかもしれないけど、そういう考え方もあるんだと感じてくれれば良い。
謙信「頭を切って中身を覗いたら、どうなってるのだろうな」
謙信様が物騒な事を言いながら怪しげな笑みを浮かべる。
「いえ。えーと、すみませんでした?」
怒らせたかなと思ったけれど、そうではなさそうだ。
でもやっぱり怖いので謝ってみる。
謙信「ふっ、興味深い女だな。
俺の常識から1歩、2歩…いや10歩ほど飛んでいる」
「ひ、非常識人間みたいに言わないでください!
もう!謙信様なんて、もう知りません!」
ふんっ、とそっぽを向くと、不意に指が伸びてきて顎を捕らえられた。
(え?)
まるで『こっちを向け』と言っているように、謙信様の指が私を誘う。
顔を向けると、謙信様の整った顔がすぐ目の前にあった。
(……う!わっ!ひゃーーーーー!)
その気になれば女性なら誰でも虜にしてしまうだろう顔立ちが、触れそうなくらい近くにあった。
「け、けけけけけ謙信様!ち、近い!近すぎます!」
頬が一気に熱を持ち、慌ててのけ反るけど謙信様の指がそれを許してくれなかった。
思いがけず至近距離で見つめ合うことになってしまった。
(あ、まつ毛も髪色と同じ色なんだ。唇の形も素敵)
どさくさに紛れて観察は怠らないあたり、まだ余裕があるのかもしれない。
謙信様は私を興味深そうに眺めてから解放してくれた。