第1章 触れた髪
「謙信様、何か秘めた想いがあるのなら私にお話ししてくださいませんか?
辛いと思っている事、答えが出ないまま何度も何度も考えてしまう事、不安とか、愚痴とか、なんでも」
謙信「なんだ、藪から棒に。しかも何故お前に話さなくてはならんのだ」
突然の私の申し出に謙信様が眉をひそめた。
「だって謙信様が悲しそうな顔をしているから…。それに、『私だから』です!
私は謙信様の部下でもなんでもないですし、心の内を言ったところでどうってことありません。
誰にも言いませんし、三歩歩いたら忘れますから。もちろん佐助君にも言いません」
必死だったので自分で何を言っているのかわからなくなってしまう。
でもさっきの言葉には『重い何か』があるような気がした。
気付かないふりをすることもできるけど…放っておけなかった。
「謙信様のような立派な方なら、何か思うところがあっても人に話せない事がたくさんあると思うんです。
ですが、誰にも話せないって辛くないですか?
謙信様はさっき、とても辛そうに見えました」
「武将様だって一人の人間なんですから、心の澱は時々取り除かないと、どんどん重たくなって苦しくなってしまいますよ?
パーっと吐き出して大好きなお酒を飲んで、いっぱい眠ればスッキリしますよ」
酔っぱらっている、という自覚があったけれど、思っていることが次から次へと出てくる。
私からしてみると、この時代の人達はどこか窮屈だ。
今日の友は明日の敵、というのが常だから仕方ないのかもしれないけど、味方であっても、もしかしたら家族にも…本心を言わない。
安土の皆も、私に心砕いてくれるせいか素で接してくれるけど(何か思惑を含んでいる時もあるけど)、一度外に顔を向けると心の内を隠すのがとても上手い。
言葉の裏の裏を読む毎日。
それって疲れないのかな?って思う。
素直な付き合いも良いものだよ、って教えてあげたい。
謙信「……」
謙信様は、さも珍しい物を見るように目を丸くしている。
(びっくりした顔も素敵だな…)
頭にその顔を焼き付けたいのに、酔った頭はフワフワと心地良くてうまくいかない。